WW2開戦後、ドイツの戦車運用の驚異を目の当たりにしたアメリカ…
WW2参戦を前に本格的な戦車部隊設立のため、1940年に新型戦車として急遽作り上げられたのが「M3中戦車」
技術不足で大型砲を搭載できる砲塔を造れなかったが、車体に31口径75㎜砲を搭載!
それを補うように旋回砲塔に37㎜砲と7.62㎜機関銃、車体前部左側に7.62㎜2連装機関銃と砲塔上にも7.62㎜機関銃を搭載!
また、「M3中戦車」の“グラント”・“リー”という呼び名は、アメリカからの車両供与を受けたイギリスがつけた愛称!
“グラント”=イギリス軍仕様で生産された車両・“リー”=アメリカ陸軍仕様のまま引き渡された車両
この愛称は南北戦争時の北軍将軍“ユリシーズ・S・グラント”と、南軍将軍“ロバート・E・リー”に由来します。
「M3中戦車」は北アフリカ戦線に投入され、イギリス軍の巡航戦車として活躍!
ただ…ひらけた砂漠では3mの高い車高では遠方からも目立ち、隠れることも困難だった。
ソビエトにも送られ、その車高の高さから“火の見やぐら”とか“2(3)階建て”の意のニックネームで呼ばれました。
被弾しやすく防御力が低かったことから“7人用共同墓地”とも言われた…
その後、イギリス・オーストラリア軍の「M3中戦車」は太平洋戦線でも活躍!
ビルマ戦線での反攻に投入され、まともな対戦車装備がなかった日本軍は大苦戦!
「M3中戦車」は車内が広く居住性に優れていたり、優秀なサスペンションのおかげで乗り心地がよかったりなど…搭乗する人にやさしい戦車でもあったそうな。